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猫にはどんな感染症が
猫も人間や他の動物同様に感染症にかかります.感染症とは,ウイルス,細菌,カビなどの病原体が生体に侵入(感染)し,病気を起こしたり,他の動物に感染を移すことを意味します.また,寄生虫病も広い意味で感染症に含まれます.上部気道(目,鼻,喉など)の感染症としては,猫ヘルペスウイルス,猫カリシウイルスのウイルス感染症に加え,クラミジア,マイコプラズマ,ボルデテーラなどの細菌感染があります.全身性のウイルス感染症としては,猫汎白血球減少症,猫白血病ウイルス,猫免疫不全ウイルス,猫コロナウイルス(猫腸コロナウイルス,猫伝染性腹膜炎ウイルス),その他まだよくわかっていないものとして,猫モルビリウイルス感染症や強毒カリシウイルス感染症(わが国では発生はない)があります.その他,腸管に感染する病原体は多く,ジアルジア,トリコモナス,クリプトスポリジウム,大腸菌,クロストリジウム,カンピロバクター,サルモネラがよく知られています.そして,人と動物の共通感染症としては,狂犬病(わが国では発生はない),カプノサイトファーガ・カニモルサス,Q熱,猫ひっかき病,トキソプラズマ症,皮膚糸状菌症,クリプトコッカス症,レプトスピラ症,重症熱性血小板減少症候群(SFTS)があります.
こんなに感染症があるのに猫はどうやって守られているのか
多くの場合,猫は自然に獲得した免疫で守られます.たとえば人間が風邪をひいて熱も出て苦しんでいても,1週間くらいで治りますが,それは1週間くらいで免疫が体の中にできて,病原体と戦い,病気から回復するのです.同じように猫も,免疫によって病気から回復します.また,細菌やカビ,あるいは寄生虫に対しては,多くの場合治療薬があるので万一感染しても,動物病院に来ることで薬で治療することが可能です.しかし,ウイルスに対する薬はほとんどないので,免疫によって感染しないようにすること,あるいは感染しても免疫によって回復することが頼みの綱になります.そこで,人工的に猫の体の中に免疫を作らせて,感染症にかかりにくくする,あるいはかかっても軽い病気ですぐ治るようにするものがワクチンです.
ワクチンのあるウイルス感染症
猫パルボウイルス(猫汎白血球減少症ウイルス)による全身感染症の猫汎白血球減少症が,免疫のない猫には最も激しい病気を起こし,発熱,嘔吐,衰弱などで,子猫は死亡することもあります.したがって,子猫の健康を守る上でこれは必須のワクチンです.その他,上部気道のウイルス2種類(猫ヘルペスウイルス,猫カリシウイルス)も子猫の病気としては重要で,感染が激しくなると何も食べられなくなったり,肺炎を起こしたりで,死亡することもあるので,やはり子猫を守る必要があります.通常はこの3種を含んだワクチンが猫に必須の「コアワクチン」として広く使われています.猫にはもうひとつワクチンがありますが,それは猫白血病ウイルス(FeLV)の感染を防ぐためのワクチンです.ただしこの感染症は,感染猫が周りにいて同居しているような環境でないと子猫にうつらないので,すべての子猫が必要なものでもないため,いわゆるオプションのワクチンと考えられています.狂犬病のワクチンは,海外の汚染国では必須のワクチンですが,日本では狂犬病予防法という法律で規定されているのは犬のワクチン接種のみです.
ワクチンのないウイルス感染症
その他のウイルス感染症に対するワクチンはありません.たとえば猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症や重症熱性血小板減少症候群(SFTS)に対するワクチンはないので,どうしたら猫は守られるのでしょうか?それは,ほとんどの場合,野外で猫が喧嘩をして咬まれることでウイルスが感染する,あるいはダニに吸血されることで感染するのですから,猫の屋内飼育を守ることで予防が可能になります.同様に,人間にも感染するトキソプラズマ症にしても,猫が外に行かなければ感染することはないといえます.猫には病気を起こさない猫腸コロナウイルスが蔓延していますが,このウイルスが猫の腸の中で突然変異して,猫に病気を起こす猫伝染性腹膜炎(FIP)ウイルスになることが知られています.しかしこの病気は多くの場合,猫から猫へ移るものでもなく,多頭飼いなどで強いストレスを受けた猫だけに発生するようなので,猫の飼育環境をよいものにすれば,この病気の心配はほぼありません.同様に,上部気道感染症やFeLVの感染も多頭飼いの猫では成猫でも起こるので,飼育環境の改善こそが大きな予防効果を発揮します.
ワクチンの正しい使い方
コアワクチンはすべての猫に接種すること,必要なワクチンを必要な時に使用することが原則です.子猫の時がまさに必要な時です.子猫は,生まれた時に母猫のミルクを飲んで抗体という免疫に重要なタンパクをもらい,それが血液の中に十分に残っている間は感染症から守られるのですが,それがなくなると無防備になります.しかも,いつそれがなくなるか,どのウイルスに対する抗体がなくなるかは子猫をみただけではわかりません.
ということで,子猫の場合はできるだけ早くから,いつ母親譲りの免疫がなくなっていても大丈夫なようにワクチンを接種しはじめます.これが6週齢から8週齢というかなり早い時期になります.同様に,母親譲りの免疫はワクチンを効かなくさせます.抗体がワクチンの中のウイルスと結合してしまい,ワクチンとしての効力を失わせてしまうのです.そして,いつまで母親譲りの免疫が,どのウイルスに対して続くのかもわかりません,ということで,ワクチンの開始をできるだけ早くするのと同時に,ワクチンはできるだけ遅くまで接種を続けるというのが現在の方法です.
実際には6週齢から8週齢から接種をはじめたら2週間から4週間の間隔で,16週齢まで何回も接種を続けるのです.なぜ2週から4週の間隔で接種するのかといえば,いつ母親からの抗体が消えて無防備になるかわからないので,できるだけ間隔をあけずに接種した方が安全だからです.しかし2週毎の接種が一番いいと言っても,何回も接種することで,ワクチン代もとても高いものになります.だからと言って毎週接種するのはよくないし,あるいは4週以上あけると,その間で抗体が消えて感染してしまう危険もあるわけですから,通常は効果と費用を天秤にかけて,大体3〜4週に1回接種するのが普通です.
そして,16週齢でワクチンを接種すれば,ほとんどの子猫で母親からの抗体が消えていて,ワクチンは効果を発揮するのですが,それも100%ではありません.これまでのワクチン接種のスケジュールでは次は1歳齢のお誕生日に追加のワクチンということになっていましたが,現在のワクチン接種のガイドライン(世界小動物獣医師会,WSAVA2024)で1歳齢まで待たずに,6カ月齢で追加ワクチンを接種し,初年度のワクチンシリーズを終了させましょうということになっています.そしてその後は,ワクチンの効果が十分長く続くことがわかっていることから,3年以上あけて追加接種というようになっています.したがって,6カ月齢で初年度接種を終えた場合は,次の追加は3年以上あけた4歳齢のお誕生日で,その先は7歳齢というように十分間をあけて接種します.というのも,ワクチンを毎年接種し続けると,アレルギーの危険もあり,さらに腎臓が悪くなる可能性もわかってきているからです.
子猫が16週を過ぎて家にもらわれてきて,それ以前のワクチン歴がわからない場合,4週間隔で2回接種して,その後は3年以上あけてでよいでしょう.16週以降の猫ではワクチンは1回接種すればほとんどの場合効くはずですが,2回接種するのはあくまでも念のためです.ワクチン歴がわからない1歳を過ぎている猫が家に来た場合は,とりあえず1回接種して,次は3年以上あけて追加すればよいでしょう.
特殊な状況として,多頭飼いの集団で,呼吸器感染症が蔓延している中に新たに猫を入れる場合は,ワクチンを接種して1週間以上たってから導入して,その後も毎年の接種が勧められます.猫汎白血球減少症のワクチンはそれほど頻繁に必要ないのですが,通常のワクチンは3種すべて入っているので,それは仕方がありません.また,集団飼育でFeLV感染の蔓延もある中に導入する場合は,成猫でもFeLVワクチンを年に1回接種するのがよいでしょう.また,猫をペットホテルに預ける場合にも,預ける1週間以上前に,ワクチンを接種しておくこともあります.その他のウイルス感染を防ぐ手段として,猫インターフェロンの注射や点鼻,点眼などがあり数日から1週間は予防効果がありますが,この間に生ウイルスのワクチンを接種しても,成分のウイルスはワクチンとしての効果を発揮できないので,その場合は1週間以上経過してから接種する必要があります.
ねこ医学会(JSFM)会長、日本臨床獣医学フォーラム(JBVP)名誉会長、日本獣医がん学会(JVCS)会長、日本獣医病理学専門家協会会員